「あれ……?」
いつも持っているはずの折り畳みが、今日に限ってなかった。持っているものとばかり思って図書室に長居してしまったために校舎は閑散としていて、雨の風情がましているのは良いんだけど、でも今の問題はそんなことじゃなくて。傘、だ。自転車は学校においていくとして、歩いて帰れない距離でもない、明日発熱の特典付きで。中間が近いのに学校を休むなんてごめんだ。
「ど、しよかな」
雨は弱くなったり強くなったりを繰り返しながら、それでも止む気配はなかった。
「……あ」
はっとして振り返ると、花形がいた。バスケバッグも小さく見える長身の彼の手には、小さな折り畳み傘。
「あ、はながた」
「こんな時間まで勉強?」
「ん、まぁね」
帰らないの?とでも言いたげな花形は、思っていることが顔に出る、典型的な嘘がつけないヤツ、だ。
「傘、なくてですね」
「あぁ」
やっぱり、と笑いながら言った花形は、ちょっと考えた顔付きになって、すぐ、使いなよ、と淡い水色の傘を差し出した。
「え、や、いいよほんと」
「じゃあ、どうすんだよ、雨」
「止むの、待つ」
か、濡れて帰る。そういうと花形はほらだから、と笑った。
全く、彼の前だと嘘がつけない。
「どうせ熱だして休むのが関の山だろ」
「(う……!)や、でも、ほら花形だって」
「まぁ、鍛えてるから、俺は」
「む、ぅ……」
「つか、休まれると、困るし、ほら」
ああ、そうだった。花形は。
「……じゃあ、お言葉に甘えて」
申し訳なさそうに傘を受けとると花形は満足そうに笑った。まぶしいえがお。
「あ、途中まで、いっしょ」
確か、近所とは言わないまでも、家の方面は一緒だったはずだ。
「……だからさぁ」
苦笑する花形にまた、はっとした。そうだ、花形は。
わたしのことが好きだった。
人の気持なんて、気付かない振りをしていれば段々鈍感になって、やがて分からなくなってしまうものだから、花形の気持ちにも、こんなに鈍くなっていた。こんなにわたしを思ってくれる花形が心地好い。心地好くて、一緒にいたいとおもうけど、好きだとか手を繋ぎたいとかキスしたいとか思うのは花形に対してじゃなかった。そこらにごろごろいるような、取るに足らないような男とわたしが遊んでいる間にも花形は、夢をもってバスケをして、わたしを思ってくれているのに、だ。
「いい加減、どうにかした方がいいと思うんだよね」
わたしも、はながたも。
いっそ、奪ってくれれば楽なのに。そうしたら、自分にも素直に成れるのに。
小さくなっていた影は大きくなって、はじめてわたしに触れた。
(私たちはこの一歩に戸惑い続けていた)